縁どったその世界

 学校帰りの電車の中、ポケットに入れたケータイが震える。部活の後輩からのメール。
「センパイ、好きです!」
 恐ろしいほど簡潔な文章。画面の向こう側の真意を測りかねて僕は、
「またまたご冗談を」
とだけ書いて返した。


 ディスプレイの向こうに戦場を見ている。ネットワークの上に造られた仮想空間。同じくディスプレイの向こう側の誰それによるAK-47やM16での銃撃戦、16vs16。しかし銃撃の音は小さく、ディスプレイは一人のキャラクターしか映さない。
 這いつくばるスナイパー、その背中。僕がこの五分間に見た全て。彼がこのゲームで1killも挙げていないことは把握している。場所取りが悪すぎる。明らかに初心者だ。連戦で興奮していた頭からアドレナリンが引いていく。戦況はコチラに優位で、彼をわざわざ殺す必要はない。脳ミソが空転し、意識を持て余している。メッセージが味方の戦果を告げる。そして敵のリスポーン。集中力が切れて、思考が拡散していくのを僕は感じた。
 背後の敵に気付かない醜態を晒している彼を眺めながら、僕は高校時代の思い出に浸る。製作者が遊び心で用意した様々なモーションを試してみる。彼が振り向くことはない。どうして自分が狙われる可能性を考えられないのだろう。相手の戦車が主砲で2kill。こちらのRPGがやり返して1kill。リスポーン、リスポーン、そしてリスポーン。
 初心者はスナイパーをプレイするべきでないと言われるのには二つの理由がある。一つ目、初心者スナイパーは戦況に影響を及ぼさないから。戦場を一方的に眺めて悦に浸っても、その弾丸は届かない。味方の手榴弾が炸裂、3kill。リスポーン、リスポーン、リスポーン。二つ目、戦況は初心者スナイパーに影響を及ぼさないから。プレイヤーは失敗から学ぶが、消極的なスナイパーはそもそも失敗することに失敗する。リスポーン。
 ディスプレイをただ眺めていると、戦場から取り残されていくことを感じる。彼の覗き込むスコープの向こうには何が見えるのか、僕は知っている。目まぐるしく流れるメッセージが告げる戦況と、それは大して変わらない。撃ちあってみないと分からないことがある。ディスプレイの向こうの戦場と、実際に立つ戦場が違うように、そこには断絶がある。
 制限時間が30秒を切って、僕は物思いから浮かび上がる。こちらの勝利は決まったようなものだ。散弾銃を構えながら、彼がキルカメラを見て悔しがる姿を想像して少し口元が緩む。それを思えば悪くない5分間だったな、と彼の背中をディスプレイの中央に捉えながら、クリック。