眼差しを見つめ返すこと

舞台袖で台詞を確認する子ども。たった一言の重みに潰されそう。
出番になって同級生と一緒に舞台に出る。台詞の順番まで隅で待機。
震える足、乾く唇、 泳ぐ目。
だけれど、その目は薄明かりの向こうに家族の姿を見る。
見分けの付かない客席の中にあって、それははっきりと見分けられる。
その眼差しが心を軽くする。そして。


きっとあの人は自分を気に掛けているだろう。
あの人の目に自分はどう映るのだろう。
眼差しを感じながら過ごしていく。
晒される不特定多数からの視線は気にならない。
もっと強く自分を方向づける力がここにはある。


虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

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呆気無く溶ける誤解。
薄明かりの向こうに見たのは幻。
家族なんて初めから来ていなかった。
眼差しなんて初めから投げ掛けられていなかった。そして。


たまに僕は、自分がただ自意識過剰なだけで、あの時した約束の意味はもっと軽いもので、そもそも向こうは約束だとさえ思っていないのではないか、と思って恐ろしくなる。
そんなつもりじゃなかったのに、と言われることは怖い。
たまに僕は、あの時した宣言は誰もまともに受け取ってなくて、大言壮語の類だと聞き流されているのではないか、と考えて虚しくなる。
そんなつもりだったんだ、と言われるのは寂しい。


だから、何度も確認しなくちゃいけない。
不安になるたび、恥を忍んで、迷惑を承知で、何度も。
眼差しや約束や宣言が虚しいものだったとして、確かめるたびに認めるたびに、真にしていくような道程を。